クロガネ・ジェネシス

第4話 激昂のアーネスカ
第5話 生身の義手
第6話 武大会開催
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第一章 海上国家エルノク

第5話
生身の義手



「アーネスカの奴どこ行ったんだ……?」
 零児は困っていた。
 自分とネルの分の受付を済ませたはいいものの、行動を共にしていたアーネスカがどこかにいなくなってしまったので、どう行動したものか考えあぐねていたのだ。
 宿屋に戻ってる可能性も否定は出来ないが、アーネスカは仲間に黙って勝手に行動するような人間ではない。
 黙って待っているのも1つの手ではあるが、それで戻ってくるという保証もない。
「どうしようかな……」
「ねえ、そこのあなた」
 その時だった。見ず知らずの女が零児に話しかけてきた。
 ミニのワンピースに露出した両腕、ロングの黒髪。先ほどアーネスカと対峙した女だった。
「ん? どちらさん?」
「あなた、さっき青い服を着た金髪の女と一緒に行動してなかった?」
「なんでそんなこと分かるんだ?」
 いぶかしむ零児に、女は温和な笑みを浮かべて話を続けた。
「その女なら……」
 零児の問いには答えず、女はある一点を指差した。
「あっちの方の古い倉庫にいるわ。迎えにいってあげたほうがいいんじゃないの?」
「……」
 突然現れて本当かどうかも分からない情報を信じろというのは無理のある話である。
 目の前の女が何者なのか。そんなこと零児には分からない。しかし、アーネスカがどこにいったのか、その情報が他にない以上、信じるしかないのもまた事実だ。
「分かった……行ってみる」
「じゃあね」
 女は零児のその言葉を聞くと身を翻しその場から去って行った。

 人気の少ない倉庫街。今は武大会前ということもあってある程度人の出入りがあるが、普段はほとんど人の来ないところだ。
 主に、保存の利く食糧の保存や、他様々な用途で使われる倉庫が立ち並ぶところだ。逆に頻繁に使われる倉庫街は、主に食糧の輸出入を行っている。だがそれはここではない。
「古い倉庫ったって、どれも同じに見えるぞ……」
 実際その倉庫街を目の当たりにして零児は思わずそう呟いた。
 倉庫の形なんて四角形以外にあるまい。他にいかなる形状の倉庫があるというのか。古い、新しいの違いだって一概にわかるようなものではない。
 零児は適当に無数に立ち並ぶ倉庫を見て回ることにした。
 といってもほとんどの倉庫は鍵がかかっていて入れない。ならば、鍵が開いていて、自由に出入りできるような使われていない倉庫にアーネスカがいると考えるべきである。鍵がかかっている倉庫にアーネスカが侵入し出られなくなったなどと言う可能性は正直考えがたい。
 零児は一考して、まずは鍵がかかっておらず、また扉が開きっぱなしになっている倉庫を探してみることにした。
 無数の倉庫の扉に目を向け、扉が開いている倉庫を探す。
「……!」
 が、倉庫の探索を開始してから数分とせずに、道端で芋虫のように這うアーネスカの姿を見つけることが出来た。
 アーネスカは何かで体を縛られているらしく、両手が自由に動かせずにいる。
「アーネスカ!」
「零児……」
 アーネスカに零児が近寄る。
「まったく、突然姿が見えなくなったと思ったら、こんな所で何してるんだよ」
 零児はソード・ブレイカーを抜き、アーネスカの体を縛り付けている糸のようなものを切断しようと試みる。
「ちょっとね……」
「ちょっと……か……。……? この糸……切れねぇ」
「え?」
 糸そのものが異様に硬い。零児の試みは中々うまくいかず、糸を切断することが出来ない。
 ソード・ブレイカーの刃で、糸をギリギリと擦り、摩擦で切ろうとする。そして、そこまでやって始めて糸を切断することが出来た。
 自由になったアーネスカは立ち上がりつつ、思い切り伸びをした。
「ありがとう、零児」
「何があったんだ、アーネスカ。受付済ませたら突然いなくなってるしよ」
「……」
 押し黙るアーネスカ。どうにも言い出しにくいようだ。
「今は……話す気になれないわ……」
「……」
 アーネスカは苛立たしげに親指の爪を噛む。
 その表情が真剣で深刻であるから、零児には何も言えない。
「ごめん、いずれ話すわ。今は胸のうちに留めておきたいの」
 アーネスカは零児に向き直りそう言った。
「一旦宿に戻りましょう。疲れちゃった……」
 それ以降アーネスカは零児と顔をあわせることはなかった。零児もアーネスカと話そうとしなかった。
 ただただお互いに重い空気が流れていた。
 
 宿に戻ったアーネスカはしばらくほうっておいて欲しいといい、自室にこもり始めた。
「レイちゃん。どうしちゃったの? アーネスカ」
 アーネスカを除き、昼食を取っていた零児達。その最中、火乃木がどうしても気になり零児にそう問う。
「分からん」
「クロガネくんと一緒に武大会の受付に言ったんでしょ? クロガネくん一緒に行動してたんじゃないの?」
 ネルもまた零児に問いかけた。
「俺が受付してる間に急に行方晦ましてさ。その後探し出して宿に戻ったら、あの状態になっちまったんだよ。俺は何もしてないし、何も見ていない」
「そうなんだ……」
「心配だね……」
「……(コクン)」
 ネルも火乃木もシャロンも各々思うところがあるのだろう。なにせ、これまでになかったことなのだから。
「けど、アーネスカのことだから、そのうち笑いながら部屋から出てくると思うけどな。あいつ、性格は明るいし、いつまでもいじけてるタイプとは思えないし」
 零児はそう楽観する。実際アーネスカの身に何が起こったのかは分からない。だからと言って何が出来るわけでもない。こんなときこそ、気楽にアーネスカの復活を待とうという考えからくる発言だった。
 他の3人も零児の考えに賛同し、あまりアーネスカのことを気にしないようにした。
「ところでクロガネくん。武大会っていつなの?」
 そうして順調に食事を楽しんでいたところで、ネルが唐突に聞いてきた。
「そう言えば話してなかったな。武大会は2日後、明後日だ。1日1回戦ずつ行い、決勝戦前日の間を空けて6日後が決勝戦だ」
「そっか。じゃあ、少しは体を鈍らせないようにしないとね」
「まあ、出来れば決勝戦で当たりたいものだな。ネルと本気で手合わせしたことなんてないし」
「そうだね。出来れば決勝戦でぶつかって戦ってみたいものだね。もっとも、それじゃあ私が出場する意味、なくなっちゃうような気もするけど」
「違いない」
 2人は軽く笑いあった。
「亜人については、大会が終わった後でもいいだろう。大会が終わったら、亜人と人間のことや、このアルテノスで行われている活動やらなんやらにも目を通してみようと思う。なにせ、俺の左腕がかかってるんだからな。1つのことに集中しなくては」
「応援してるよ。クロガネくん」
「ボクも手伝うよ」
「私も……」
「ありがとう。みんな」
 零児は仲間達に感謝しながら再び自らの食事に手をつけた。

 そして、武大会当日。
 お祭り的行事なだけあって、朝から花火の音が鳴り響き、武大会の当日であることが伝わってくる。
 零児は宿の窓から、晴れ渡った空を眺める。
「いい天気だ。今日は1回戦目。まずは1勝をもぎ取らないとな」
 零児は右手で軽く頬を叩き、気合を入れる。そして、仲間達が待つ階下へと降りていった。
 1階の食堂ではすでに仲間達が集まっていた。そしてその中には、2日前から部屋にこもりっきりになっていたアーネスカの姿もあった。
「おはよう」
 零児が挨拶すると仲間達も各々返事を返した。
「アーネスカ。もう大丈夫なのか?」
「ええ。心配かけてごめん。もう大丈夫」
 2日前から部屋にこもってたにしては割と元気な様子だ。零児は軽く安堵した。
 5人は軽く食事を取ってから武大会の会場へと足を運ぶことにした。

 武大会の会場は人で埋め尽くされていた。
 露店が立ち並び、コロシアム前も観戦にきた人々で長蛇の列が出来ている。
「じゃ、2人とも、頑張ってきなさいよ」
 アーネスカは大会に出場する零児とネルにそう言った。アーネスカ達は観戦のため観客席に行くのだ。零児とネルは出場者なので控え室に向かうことになり、アーネスカ達は観客席にたどり着くまでに長蛇の列を並ぶことになる。
「ああ」
「久しぶりに魔術を使わない本気の格闘だからね。気合入れていかないと」
 武大会のルールは至極単純だ。
 魔術と飛び道具以外なら基本的にどのような攻撃方法を持ってしてもOK。勝敗の決定方法は、ノックアウトによる戦闘不能と、審判による裁量、及び降参だ。
 ――そう言えばレットさんが大会当日義手を渡すとか言ってなかったっけ?
 3日前にレットスティールと交わした契約を思い出す。レットスティールは決勝戦まで駒を進めることを条件に義手の製作を引き受けた。そして、大会当日に義手を渡し、戦うたびに改良点を指摘してくれればその都度調整して再び零児に手渡すといっていた。
 それは勝ち上がるたびに義手の使い勝手の向上を図ることが出来るということを意味する。
「お〜いたいた」
 その時だった。
「お〜い、クロガネ!」
「!」
 声がした方を振り向くと、そこにはあの時と同じ格好をしたレットスティールがいた。
 アイスブルーの瞳と、同じ色のショートカットに丸眼鏡。さらに肩からはバッグをかけている。知的な雰囲気を称えたその容姿は相変わらずだ。
「誰?」
「レイちゃんの義手作ってくれるって言う人形師なんだって。あの人が」
 アーネスカと火乃木が回りに聞こえないように声を潜める。ヒソヒソする必要があるかは分からない。
「約束通り、仕上げてきたよ。あんたの要望には現時点で可能な限り応えたものを作ったつもりだ。でだ、ここじゃちょっと目立つから移動するよ」
「え? ああ」
 レットスティールはそそくさとその場から離れる。零児もその後を追うようにしてその場から移動した。

 コロシアムの裏側、人がほとんど行きかうことのないところで、レットスティールは肩のバッグから白い木箱を取り出した。そしてそれを開き、中から義手を取り出した。
「え!?」
 零児は絶句した。
 レットスティールが持ってきたのは義手というよりもうほとんど人間の腕そのものにしか見えなかったからだ。
「正真正銘、義手だよ。クロガネ。左腕を見せてみな」
 驚く間もなく、零児は肘から先がなくなった左腕をレットスティールに見せる。
 レットスティールは義手とは別に、小さな小瓶を肩のバッグから取り出す。そのキャップをはずすと、蓋がハケになっている。そしてそのハケで小瓶の中身を零児の左腕に塗り始めた。
 その後、義手の断面と薬を塗ったところに合わせ、その上から接合部とその周辺を包帯で巻いていった。
「これでよしっと」
「……」
 零児は唖然としている。それもそのはずである、このままでは義手をのりで貼り付けただけでしかない。 「なにが、これでよしなんですか? レットさん……」
 一応丁寧な言葉で話しながら零児は問う。
「まあ、まずはだまされたと思って、目を閉じて左腕に神経と魔力を集中してみろ」
「……」
 零児は言われたとおりにする。左腕から義手に向かって魔力を流し込む。
「あ……」
 左腕の義手に神経が通っていくのを感じる。零児は試しに指を動かしてみた。すると、全ての指が零児の思う通りに動いた。
 続けて肘を曲げるように、脳内で指示を出す。するとその通りに左腕が曲がった。
 そして何度か左腕を動かしているうちに、元々その義手が左腕として存在していたかのように動かせるようになった。
 普通の義手は長時間にわたる手術によって装着される。そして、義手そのものも、鉄や粘度を組み合わせて作られるのが普通だ。
「凄い……。もう自在に動く」
 脳内で取りたいと思った行動どおりに、左腕の義手が動くのを感じる。
「今はまだ仮縫いと呼ぶべき状態だ。それでも武大会程度なら十分戦えるレベルの強度はある。武大会は魔術禁止だから、大会中に魔術媒体としての要望を満たせているかどうかを判断することは無理だろう。だから、魔術媒体としての義手の性能は今日、1回戦が終わってから色々あんたが試してみな。今日の武大会中にその義手で戦って違和感とかがないなら、基本形状はそのままで行くからね。それも含めて、義手の手直しは明後日以降になる」
「分かりました……」
「それと、これを渡しておくよ」
 レットスティールは先ほど義手と零児の左腕を接着した小瓶と包帯を渡す。
「基本形状及び、基本性能がそのままでいいのなら明日の2回戦目もそれを使うことになるだろう。義手の接着はもって15時間だ。それくらいの時間が経つ頃には自然に離れる。その場合、ちゃんと洗浄して、明日の朝にはその薬品でまた接合し、包帯を巻けばいい」
「なるほど。分かりました」
「で、手直しも基本形状や性能も全てOKになったら、本格的な接合作業を行う。そのときは、また私のところに来な」
「了解」
「それと、あたしの名前は可能な限りださないこと。私の名前は他言禁止だからね。他の人間が私の名前を出しても、あんたから私の名前を出さないこと」
「どうしてです?」
「簡単な理由さ。私が魔法使いと呼ばれる人間だからだよ。ほら、仲間のところに戻りな」

   零児はレットスティールに言われたとおり、受付のところに戻ってきた。その時仲間達はみな一葉に目をしばたかせた。
「れ、零児……それ……」
「レイちゃんの左腕……生えた?」
「…………!」
「凄いね〜これが義手なの?」
 仲間達は好機の目で零児の左手を見る。
「ああ、凄いもんだな。義手の技術はこんなところまで進化しているとは思わなかったよ」
 のんきに自らの義手を喜ぶ零児。が、アーネスカからすればそれはあまりにも能天気すぎる。
「ちょ、ちょっと見せて!」
 アーネスカは零児の左手を掴んでマジマジとそれを見る。
 ――あ、感触もちゃんとある……。
 アーネスカに素手で握られた感触を感じながら零児は思う。ということは熱や痛みまでちゃんと分かるのだろうか。
「あ、あんたこれ……誰が作ったの!?」
 真顔でアーネスカが零児に詰め寄る。鬼気迫るとはこのことで、その表情は気迫に満ちている。そして、零児の左腕をアーネスカは何度も握る。
「え〜っと……」
 何度もグニグニと握られている感触にくすぐったさを覚える。
『あたしの名前は他言禁止だからね』
「…………レ、レイ……ンさんだ」
「レイン?」
「そ、そう! レイン」
「ふ〜ん……知らない名前ね。けど、私の知る限りこんな生身に近い義手を作れる人形師なんて1人くらいしか知らないんだけど……」
「誰なんだ……それ?」
 相変わらず能天気に零児が答えるとアーネスカは声を大にして言い放った。
「レットスティールよ! 稀代の人形師! 人間のような人形を作り、人形のように人間を扱うことが出来るという歴代魔法使いランキングトップ5に名を連ねるだけの人物よ!」
 ――レットさん……すでに有名人じゃねぇか……。
「動植物と人形の境目がほとんどない精巧な人形を製作できるその技術は、魔術師ギルドでは行き過ぎた技術として問題視され、製作技術そのものが封印指定を受けているのよ!」
「そりゃすげえな。だけど、こうして義手を作る分には問題ないんじゃないか?」
 相変わらず零児は能天気に答える。
「まあ、それだけならね。だけど、零児。これはあんたの無限投影にも言えることだからはっきり言っておくけど、魔術的技術の追求とは、行き過ぎれば危険なものになるのよ」
 アーネスカは零児の左腕を放す。
「魔術的技術の追求……」
「稀代の人形師、レットスティールが問題視されているのは、精巧すぎる人形制作の技術そのもの。理由は簡単。悪用すれば人形と人間をすりかえることが出来てしまうからよ」
「あ、そうか!」
「分かった? 例えばあたしとまったく同じ容姿、まったく同じ性格を持った人形を作って悪用すれば、あたしの存在価値をなくしてしまうことも出来る。あたしの代わりを務める人形があれば、あたしそのものは、いてもいなくても構わないということになってしまうからね」
「なるほど、納得した」
 ――そう言えば魔術学科で魔術の勉強してたときも、魔術の学問は常に進化をしながら、追求しすぎてはならない分野が存在するという、矛盾を孕んだ学問だと勉強したような気がする。
 そんな回想をしながら、同時に零児はレットスティールがなぜ自分の名前を出すことをよしとしないのかを理解した。
 悪い意味で有名になりすぎてしまったからだ。優れた魔術師は富と名声を得て華々しく生きることも出来よう。しかし、それはあくまで魔術師だからだ。誰もが許容しえる、誰もが理解できる魔術を使った魔術師として優れた存在であるからだ。
 しかし、魔法使いは違う。魔法使いは魔術師の領域をはるかに超えてしまった異端であり、奇異な存在なのだ。その領域に到達した人間を公平な目で優れているか否かを判断することは難しい。まして、自身が研究、追及してきた魔法と呼べる技術や魔術が封印指定をされたら、指名手配犯のような扱いを受け、それまでの研究は全て水の泡にされることすらある。
 そうやって魔法使いと呼ばれるようになった魔術師が自身の技術を守るためには、仙人か何かのように隠居するか、自身の名を極力誰にも知られぬように生きるしかない。即ち孤独にならざるを得ないのだ。
 ――進さん。よくそんな人を紹介してくれたもんだぜ。
 零児は進に心から感謝しつつ、自分はレットスティールの名を今後口にすまいと心に誓った。
「まあいいわ。そんなわけだから零児。あんたも自分の魔術を使うときは今後もっと気をつけるようになさい」
「そうするよ。じゃあ、俺はそろそろ行くぜ。武大会。そろそろ始まりそうだからな」
 零児はそう言って控え室の方へと目を向けた。
「じゃあ、一緒に行こうか、クロガネくん」
「おう」
「レイちゃん! 頑張ってねぇ!」
 控え室の方へと歩いていく零児とネルを見ながら火乃木はそんな声援を送った。
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